相続財産調査が必要な理由
相続とは、被相続人に属していた「一切の権利義務」を受け継ぐことをいいます。「一切の権利義務」を相続するわけですから、現金や預貯金、有価証券、不動産といったプラスの財産だけでなく、借金や保証債務などのマイナスの財産も相続することになります。
相続が開始して、法的手続きをしないまま3カ月が経過すると、法定相続分どおりに相続したものとして扱われます。これを単純承認といいます。単純承認となると、プラスの財産もマイナスの財産も無条件で引き継ぐことになります。
被相続人が多額の負債を抱えていて、マイナスの財産の方が多い場合には、後述しますが、死後3カ月以内に手続きをすれば、相続放棄することができますし、プラスの財産の範囲内で相続する限定承認することもできます。
いずれにしても相続が開始したら、早めに被相続人がどんな財産をどれだけ残しているかをもれなく調査し、一目で把握できるよう、財産目録にまとめておくとよいでしょう。以下、財産の種類別に、その調査方法について解説いたします。
預貯金の調査方法
被相続人の遺品から、金融機関の通帳やキャッシュカードを探してください。見つかったら、被相続人の利用していた金融機関に問い合わせて、相続開始時点(死亡した日)の「残高証明書」を発行してもらいます。残高証明書の請求は、相続人1人からでも可能ですが、被相続人との関係を明らかにする戸籍や本人確認書類が求められる場合があります。
ちなみに銀行口座の残高が想定よりも少ない場合、被相続人と同居していた相続人が被相続人の預貯金を使い込んでいたのではないかと疑われるケースがありますが、その場合、被相続人名義の口座のある金融機関に、取引履歴の開示請求を行うことが可能です。通常、開示される期間は10年までで、相続人一人からでも請求が可能です。
キャッシュカードや通帳が見当たらず、口座をすべて特定できないこともあるでしょう。そのような場合、金融機関から届く郵便物や、自宅にある銀行名の入ったカレンダーや記念品等を調べて、利用していたと思われる金融機関に口座の有無を確認してください。最近はネットバンキングを利用する人が増えていますので、ネットでの取引の場合は、パソコン上に取引の明細が残っているはずですからパソコンの履歴を調査するとよいでしょう。
わが国においては、預貯金を一括で管理するシステムはありませんので、地道に探していくしかありません。「弁護士会照会」と呼ばれる、弁護士に依頼して開示請求してもらう制度もありますが、この場合も開示請求の対象となるのは、個別の金融機関であり、すべての金融機関を一括して調査することはできません。
不動産の調査方法
被相続人が不動産を所有していた場合、「権利書」(現在は電子化により「登記識別情報」に変更)を持っているはずなので、不動産の調査にあたって、まずそれを探してください。また不動産を所有していれば、毎年(4〜5月ごろ)市区町村から、「固定資産税の課税通知書」が送られてくるはずですので、それによっても確認できます。
もし、それらの書類が見当たらない場合は、市区町村役場へ出向き、名寄帳(なよせちょう)の発行を請求できます。名寄帳とは、不動産所有者がその市区町村内に所有している、不動産すべてを一覧にした書面のことで、所有するそれぞれの土地、家屋の明細が記載されています。
名寄帳を取得したら、市区町村の同じ課で、「固定資産評価証明書」を請求しましょう。「固定資産評価証明書」を取得すれば、所有する不動産の価値の目安が分かります。「固定資産評価証明書」は、不動産の名義変更登記をする際に添付する書類でもありますので、必ず取得してください。
その次は、法務局へ行って、「登記事項証明書」(登記簿謄本)を請求しましょう。「固定資産評価証明書」に記載されている土地の地番、建物の家屋番号等を申請書に記入し請求できます。「登記事項証明書」によって、不動産の現在の状況、たとえば既に売却しているとか、担保の目的となっている等の確認をすることができます。
有価証券の調査方法
上場株式・上場投資信託等の有価証券は、通常、証券会社を通して購入され、証券会社に開設された口座にて管理されています。証券会社は投資家に対し、定期的に「取引報告書」を送付しているので、自宅に、株主宛てに送られてきた郵便物がないか探してみましょう。銀行の通帳の履歴をたどってみることも方法の一つです。配当金の入金や証券口座との入出金の記録がないかを調べてみてください。
被相続人名義の証券口座のある証券会社と支店を特定することができれば、そこへ問い合わせ、相続発生日における「取引残高報告書」(「残高証明書」)の発行を請求できます。
証券会社からの書類ではなく、信託銀行からの書類がある場合は、信託銀行の「特別口座」に株式が保有されている場合があります。「特別口座」とは、株券の電子化に伴って、証券保管機構に預託していない株券を、株主の権利を保全するために、発行会社が信託銀行等に開設する口座のことをいいます。その場合は、信託銀行へ「残高証明書」の発行を請求します。
株式に関する書類が何も見つからない場合は、「証券保管振替機構」(通称、ほふり)に「登録済加入者情報」の開示請求をすることができます。(有料)「証券保管振替機構」とは、投資家が購入した株の名義書換えをまとめて行っているところで、開示請求することによって、株式が保有されている口座のある金融機関(証券会社や信託銀行)を一括して調査できます。
通知が届いたら、それをもとに、各証券会社等へ問い合わせれば、保有銘柄や株数等を確認できます。(ただし、非上場の株式や投資信託受益権、外国株式等は対象外です。)
被相続人名義の証券口座については、相続人が直ちに解約・換金することはできません。証券会社に「口座移管手続」を請求し、被相続人名義の口座を相続人名義の口座に一旦移し替えてから、承継した株式を売り払うか、そのまま保有するかを選択することになります。ですから、株式等を相続するためには、同一の証券会社に相続人名義の口座を開設しなければなりません。
借入金の調査方法
相続とは、被相続人の権利・義務すべてを引き継ぐことです。被相続人が借金をしていたり、他人の連帯保証人になっていたりした場合、そうしたマイナスの財産も一緒に引き継ぐことになります。
ご家族に内緒で借金をしているなどの場合は、借入金すべてを把握するのはなかなか難しいことです。だからといって無視しておくわけにはいきません。借金やローンなどの負債や保証債務等のマイナスの財産をどれだけ残しているか、まずは被相続人の遺品の中からもれなく調査していきましょう。
消費者金融や信販会社からの借り入れがある場合、遺品から「契約書」・「利用明細」・「キャッシュカード」などが見つかるかもしれません。被相続人宛ての督促状が届くこともあります。
消費者金融からの借り入れの事実が判明したとしても、利息制限法を超える違法金利で長期にわたり返済していたような場合は、過去の返済を法定金利で再計算すると、過払い金返還請求を行うことができるケースもあります。消費者金融からの借り入れがある場合は専門家へご相談されることをおすすめします。
また銀行やクレジット会社からの借り入れがある場合、毎月指定の口座から引き落とされていることがほとんどですので、通帳の履歴から確認できるでしょう。
遺品を調査し、借り入れの事実が判明できたなら、もっと正確に借り入れの状況を把握する方法があります。
銀行やクレジット会社、消費者金融などは、信用情報機関に加盟し、債務者の信用情報を一括して共有・管理しています。本人や相続人であれば、信用情報の開示請求を行うことができます。
信用情報機関は下記の3社になりますので、それぞれのウェブサイトから開示請求の手続きについて確認してください。
銀行等の金融機関系 | KSC公式サイト(全国銀行個人信用情報センター) |
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クレジット会社系 | CIC公式サイト(株式会社シー・アイ・シー) |
消費者金融系 | JICC公式サイト(株式会社日本信用情報機構) |
不動産を担保にして借金をしている場合
被相続人名義の不動産があるなら、法務局にて「登記事項証明書(登記簿謄本)を取得し、その不動産に抵当権が付いていないか確認する必要があります。
抵当権とは、金融機関や個人から借金をする際に設定される担保権のことで、担保とは、借金を返済できない場合に、その代わりに提供するものをいいます。被相続人名義の不動産が抵当権付きである場合、その不動産を担保にして借金をしていたことが考えられます。
住宅ローンを組んで購入した家に抵当権を設定したなら、通常団体信用生命保険(通称、団信)に加入している場合がほとんどでしょう。その場合、住宅ローンの借主が死亡したなら、ローン残高は保険金で決済される仕組みになっているので、通常住宅ローンを返済する必要はありません。
ただし、団信によって借入先の金融機関へローンが完済されたなら不動産登記をする必要があります。金融機関から不動産登記に必要な書類を受け取ることができますので、不動産の所有者を被相続人から相続人へ名義を変更する「所有権移転登記」と「抵当権抹消登記」をしなければなりません。これらの手続きについては専門家である司法書士に依頼すると安心です。
また、被相続人名義の不動産が抵当権付きである場合、第三者の借金を担保するために抵当権を設定した可能性も考えられます。(物上保証人)この場合、相続人は借金を支払う義務を引き継ぐわけではありませんが、第三者が借金を返済しなかった場合、抵当権が実行されて不動産が競売にかけられ、相続人は相続した不動産を失う可能性もあります。
物上保証人としての立場を引き継ぐ場合は、そうしたリスクがあることを考慮して相続することが必要です。
借金が多い場合は相続放棄・限定承認もできる
相続財産を計算して、マイナスの財産の方が多いことが判明し、とても払えないという場合は相続放棄という手続きがあります。
相続があったことを知った日から3カ月以内(熟慮期間)に、家庭裁判所へ相続放棄の申述をし、相続放棄が受理されると、その相続については初めから相続人でなかったとみなされます。つまり、被相続人が多額の借金をしていても、相続人は1円も返済せずに済むことになるのです。
ただ、一部の相続人のみが相続放棄することも可能ですが、その場合、他の相続人が支払い義務を背負うことになりますので、親族間で事前によく話し合って相続放棄をすることが望ましいでしょう。
また、マイナスの財産がプラスの財産より多いかどうか判断できない場合は、限定承認という手続きがあります。限定承認をすると、引き継いだプラスの財産の範囲内で借金などの負債を返済し、財産が残れば相続することになります。
ただし、限定承認をするには、相続人全員の合意が必要で、財産目録を提出するなど手続きが非常に複雑になります。また相続放棄と同様、相続を知った時から3カ月以内(熟慮期間)に、家庭裁判所へ相続放棄の申述をしなければなりません。現実に限定承認をするケースはごく少ないようです。
相続放棄や限定承認の手続きをせずに、3カ月の熟慮期間を経過すると、相続を承認したものとみなされます。(単純承認)
しかしこの3カ月という熟慮期間は延長することも可能です。相続財産を調査しても、単純承認すべきか、相続放棄すべきか、限定承認すべきか、判断するのが非常に難しい場合、家庭裁判所に対して「熟慮期間の伸長」を申し立てることもできます。ただし、伸長が認められるかどうかは、家庭裁判所の裁量によりますので、場合によっては伸長が認められないケースもあります。
このように借金が多い場合でも、最も有利な方法を選択することができますので、相続開始後できるだけ早く相続財産をもれなく調査するようにしましょう。